スクリャービン

Alexandre Scriabine【1872年1月6日-1908年2月12日】

Skrjabinスクリャービンは1872年、モスクワに生まれた。

彼も多くの作曲家やピアニスト同様、早熟で14歳の時に特別にモスクワ音楽院に通うことが許された。

彼は人より小さな手で、ピアニストとしては不利であったにもかかわらず、難曲を多くレパートリーとした。

その練習のために右手を故障してしまったのだが、代わりに左手を強化したため彼独特のピアノ奏法を生んだと伝えられている。

またモスクワ音楽院ではラフマニノフと同級生で、音楽院の中では双璧であった。

さらに交友関係では、彼は1891年、リムスキー・コルサコフと親交を持ち、これは終生続いた。スクリャービンの曲は、初期にはショパンをはじめとするロマン派の影響を受けた作品が多かったが、後にはロシアの進学や多調的手法、無調音楽も取り入れた。また独特の和声は「神秘和音」と呼ばれている。

□アレクサンドル・スクリャービン 略歴

1872年 モスクワに生まれる
1886年 特別にモスクワ音楽院に通うことが許される
1888年 モスクワ音楽院入学
1891年 リムスキー・コルサコフと親交を結ぶ
1897年 結婚
1898年 モスクワ音楽院の教授に就任
1902年 モスクワ音楽院を辞職
1904年 スイスに移住
1910年 帰国
1915年 死去